っていることやら。いっぺん様子を見てこなければ姉さんにもすまないと思って、心をきめて出かけたことがあるんですよ。すると、どうですか。今までの居所には加十さん夫婦の姿はなく、赤の他人が住まっていて、前住者の行方なんぞ知りませんと云うのです」
「すると加十さんは結婚なさってるんですね」
「しまった。ウッカリ口をすべらしちゃったが、仕方がないなア。そうなんですよ。姉さんがなくなる半年ぐらい前ですけど、加十さんからお母さんにその許しを乞う話があって、実は私が姉さんにたのまれて、三四へんも往復してヨメさんに会って人柄を検査鑑定したりしてねえ。これは大役ですよ。ですが私もイノチをこめてやりました。貧乏なウチの娘でしたが、立派なヨメでしたよ。これならばと私がイノチにかけて保証して、そこで姉さんから一ツ条件が有ってこの話がきまりました。それはヨメさんに昔の身分姓名を絶対に打ちあけるな、という一条です。これには深いシサイがあって、今ではもう十二年前ですが勘当に際して旦那が堅く申し渡されたことには、親子の縁を切ればお前はここの息子ではないから、今迄の姓名を名乗ってはならぬし、今はこの世になくなった昔の身分
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