すが」
 とマッカになってモゴモゴとごまかしたのは実はウソで、焼きたいとは思ったけれども、なんとなく惜しくて焼かなかったのが本当。
 新十郎にたって所望されて、是非なくそれを家から取ってきた。新十郎はそれを受けとって、大よろこび。
「報告書とバラバラ日記はお借りしますよ。あなたは大タンテイの素質をお持ちのスバラシイ方ですね。見かけによらず、日本は人材の国だ。あなたの存在を知って、日本がたのもしくならなければ、その人は目がフシ穴で、頭は大方左マキだ」
 新十郎は楠にこういうお世辞をささやいて、益々楠を赤面させて、消え去った。

          ★

 新十郎がその報告書と日記を返しに来たのは一週間ほどの後である。人気のない別室へ楠に来てもらって、差向いに坐って、くつろがせて、
「あなたはこの報告書の次にくるべき調査をなぜ中止なさったんですか」
「その報告書を書きあげて持参した日に、一人の先輩がふと思いついて、たッた三軒の料亭に狙いをつけて訊いてまわると、三軒とも連日のようにタケノコを使っていたと分ったんです」
 と、その日のことを新十郎に語った。新十郎はそれをきいてただただ呆然また呆然たる顔。
「実に運が悪かったですね。運が悪い時は、まさにそんなものですねえ。こんなことが、いつかは、誰にでも起りうる。実にユダンできぬ怖しいのがその偶然ですよ。あなたにとっては貴重なイマシメだと思いますが、その三軒の料亭でもタケノコを使ってる、また、そのほかにも使ってる店があるかも知れないと分った上で、もう一度この報告書へなぜ戻る勇気を失ったのでしょうか。あなたは他の場合にも、不当に勇気を失いすぎていますね。いまその例を示して説明いたしますが、己れの無力を怖れ悲しんで勇気を失うことを知る者は賢者です。怖れを知る故に、その賢者の力は生ある限り伸び育ち発展します。ですが怖れ悲しむ次に、大勇猛心をふるい起して死するとも己れの道を退かぬ正しい勇気を忘れてはいけません」
 新十郎は可愛くて仕方がない子供をさとすようだ。そして語った。
「あなたの日記は面白いですね。整理したものでなくて、人に読ませる気兼ねがないから、大胆率直で面白いですね。そもそもこの事件にあなたが深入りした発端は、最初の二ツの包みをあなたが拾ったインネンですが、またそのインネンを裏づけたものは、第一と第二の包みの中味が右と左の
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