を人に語ってもならぬ。それが勘当というものだ。これを破れば、キサマは詐欺漢だと仰有《おっしゃ》った。あの旦那は自分のお達しを守らぬ者には心を許さない人ですから、私たちも旦那のお達しといえば、怖れおののいて真剣にまもるんですよ。加十さんの場合にしても、いつか勘当が許されるとすれば、旦那のお達しだけは厳しくまもられていての上でなければなりません。ですから結婚はともかくとして、お達しの完全な励行が第一ですよ。むしろ身を堅めることは、放蕩で勘当された加十さんには大切な意味ある事ですからね。こんなわけで、私も力になってあげて、加十さんは結婚したんです。が、それからのことは、ただ今お話いたしたテンマツのように、旦那自らのハカライでしょうが、私の目から消え失せて分らなくなってしまったのです。旦那が加十さんにどうやってあげていらッしゃるか、それは私ばかりでなく、誰にも見当がつきません」
「以前の居所は?」
「今となってはよろしいようですが、旦那のお達しの範囲にふれると困りますから申されません」
「新しい姓名だけでも教えていただけませんか」
「お気の毒ですがダメですよ」
「あなたの御迷惑にならぬように私の努力だけでなんとか加十さんにお目にかかる方法を見つけたいと思いますが、せめて何かの特徴の暗示ぐらいはもらしていただけませんか」
「なんとかしてあげたいと思いますが、どうもねえ。特徴といえば一ツあるんですが、それも言わないことにしましょう。勘当の後日にできた特徴で、知ってるのは私だけですがね。悪く思わないで下さいよ。ふとしたお喋りがモトで、旦那のお叱りをうけることが起ると大変だ。もしも、またそのため加十さんの勘当の許しがでないとなったら、それこそ一大事ではありませんか」
「勘当が許される見込みがあるんですか」
「旦那の胸のうちは誰にも分りませんが、これもウチワの秘密ですけど、もう世間に噂もでていることですから申上げますが、加十さんの弟の石松さんがこのところ身持がわるくて、ひょッとすると、これも勘当じゃないかなんてね。その場合には、今の身持によっては加十さんの勘当が許されるかも知れないなんて、いえ、これは旦那の気持がそうだとは誰に分る筈もないんですが、世間の者が旦那の気持までこしらえあげて勝手に噂している次第なんですよ。世間と申しても、まア私たちの身辺だけのことでしょうがね。噂のようなら
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