加十さんには幸福ですが、全然見込みがないことでもなさそうですね」
「御子息の能文さんと仰有る方が才川の娘さんと結婚して秘書をつとめていらッしゃるそうですが、その能文さんから確かな話が伝わりやしませんか」
「いえ、能文は口の堅い男で。また、能文に限らず、旦那のお達しがあれば、私たちみんな口が堅いですよ。さもなければ私たちがお払い箱ですから。世間では鬼のように言いますが、私たちには情深いよい旦那ですよ。その代りお達しにそむくと怖しい」
 このワケが分ってみれば、この先どんなに頼んでも堅い口を開かせる見込みがないことは一目リョウゼンだ。ニセの自己紹介のおかげでタケノコメシの一件をさぐる手がかりは失ったが、それはこの口の堅い連中に当ってムダをくりかえすよりも、むしろ他に求めるべきだろう。
「なんとかして加十さんに会いたいなア。いっそ才川さんでボクを下男にでも使ってくださらないかなア」
 冗談にこう云うと、
「才川家には女中二人だけで下男ナシ。あの大きな屋敷に女中二人ッきり。そして、それ以上は人を使いやしませんよ」
 これをきいて楠は呆れた。そして心がときめいた。あの大きな屋敷で女中二人だけとは。すると白昼の邸内でも深夜の公園よりも人目が少いようなものだから、白昼でも邸内でいろいろのことが行われうるであろう。人殺しもできるし、それをバラバラにすることもできよう。
「御一族では、そのほかに、最近どなたか行方不明はありませんか」
「そんなにチョク/\行方不明が現れるものですか。私たちをなんと思っているんです。みんな心が正しくて、また才川家の者も、根木屋の者も、代々長命の一族ですよ」
 お直が腹を立てたから、楠はヒヤリとして、そこでイトマをつげた。ひと目でいいから才川の邸内が見たいものだ。女中の一人とでも話を交したいものだ。こう考えふけッたが、やがて一ツの計略に、気がついて次第に彼の顔は明るくほころびた。

          ★

 楠は親ゆずりの多少の財産があったを幸い、なにがしかの金を握って目黒の里へ急行し、百姓にたのんで土の中の小さなタケノコを一貫目ほど掘りだしてもらった。それを買ってザルに入れて持ち帰り、次には知り合いの百姓から野良着を借《か》してもらい、ホンモノの百姓そッくりに変装し古ワラジをはいて適当にホコリをかぶり、タケノコのザルを背負って、六日目の十一時ごろを見は
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