からと言い訳をのべると、苦労にやつれた後家の人の好さ。
「今まで良くまア催促もせず黙っていて下さいましたね。御親切に加十さんをかばって、勘当の許されるのを待っていて下さる気持は本当にありがとうござんすよ。ですが、残念ながら、私も居所を知りません」
「易者の天心堂さんの話では、こちらだけがそれを御存知だとのことでしたが」
「あの男が才川さんに働いていたころまでは私も加十さんの居所を知っていたんですよ。実はね。杉代姉さん存命中は、姉さんと加十さんの通信は私のところが中継所だったんです。姉さんの依頼で加十さんの様子を見に行ったことも七八回はあります。ところが姉さんがなくなる際にこれを旦那に打ちあけたものですから、旦那はひそかに私をよんで、お前はもう加十のことは忘れなさい、あとは私がするから、という静かだが厳しいお達しですよ。さア旦那からのお達しとあっては私は一言半句もない。かしこまりました、と平伏して、お言葉通り以後は忘れたフリをしていないわけに行きませんよ。加十さんへもお達しがあったと見えて、加十さんからの音信もバッタリ絶えた。姉さんが乏しいヘソクリを苦面して仕送りしていたのが、今はどうなっていることやら。いっぺん様子を見てこなければ姉さんにもすまないと思って、心をきめて出かけたことがあるんですよ。すると、どうですか。今までの居所には加十さん夫婦の姿はなく、赤の他人が住まっていて、前住者の行方なんぞ知りませんと云うのです」
「すると加十さんは結婚なさってるんですね」
「しまった。ウッカリ口をすべらしちゃったが、仕方がないなア。そうなんですよ。姉さんがなくなる半年ぐらい前ですけど、加十さんからお母さんにその許しを乞う話があって、実は私が姉さんにたのまれて、三四へんも往復してヨメさんに会って人柄を検査鑑定したりしてねえ。これは大役ですよ。ですが私もイノチをこめてやりました。貧乏なウチの娘でしたが、立派なヨメでしたよ。これならばと私がイノチにかけて保証して、そこで姉さんから一ツ条件が有ってこの話がきまりました。それはヨメさんに昔の身分姓名を絶対に打ちあけるな、という一条です。これには深いシサイがあって、今ではもう十二年前ですが勘当に際して旦那が堅く申し渡されたことには、親子の縁を切ればお前はここの息子ではないから、今迄の姓名を名乗ってはならぬし、今はこの世になくなった昔の身分
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