残らぬようにと、目をそむけ、目をつぶりながら、ですがイノチをこめてタンネンに焼きすてております。もう、何も訊いて下さいますな。そのような怖しいことを。もう、一切……」
 元子夫人の声はシドロモドロとなり、フラフラと立ち上った。気をとり直して、必死に力をこめて、直立した。そして、やがて静かな別れの一礼を政子に与えて歩きかけようとしたが気をとり直して新十郎の方へ一足すすんで、
「結城新十郎さまと仰有いましたね」
「左様でございます。探偵とは正義のために戦うことを務めとし、いかなる人々の秘密をも身命にかえて守ることを誇りと致す者です」
「改めてお目にかからせていただくことが御不快ではございませんでしょうか」
「いいえ、その御懸念はアベコベです。私から奥様にいつか再びお目にかからせていただく申出が無礼に当りはしないかと実は気にやんで差し控えておりましたのです」
「ぜひともお目にかからせていただきとうございます」
「小沼さまをお宅までお送り致すと、そのあとはずッと約束も予定もございません」
「私にはお構いなく。美男子の紳士探偵さん。公爵家の美しい若夫人とお似合いよ」
 政子は大声で言いたてながら
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