考える必要は自分自身のことに限られたときまって、そッちの方が火事だろうと泥棒だろうと無関心という落ちつき方、たった一人、ハマ子というちょッと渋皮のむけて小股のきれあがった小娘の女中が、ニヤニヤと、主家の騒動がタノシミらしく、主人の前をスーと行ったり戻ったり、三人組の捜査隊の勤労の右側と左側を行ったり、戻ったり、なるほど見世物として眺めれば、タダとは云いながら興趣つきない味があろう。
どことなく不潔なような妙に情慾をそそる小娘だ。久五郎は冷い夫婦生活の中に居住してからというもの、なんとなくこの小娘に情慾をそそられていたが、生れつき男の誘いを待つことだけを一生の定めとしているような不潔な色気が、さて自分が破産しておちぶれてみると、不潔で卑しいどころか、自分よりも高貴でミズミズしくて清らかで利口にすら見えるから、改めて心をひかれた。
政子などという男爵令嬢はもうどうでもいいが、この小娘すら自分の手のとどかぬ存在となったのかと考えると、自分の人生は八方フサガリの感きわまるものがある。女房め、男爵め、周信め、妹め、と何を怒ったって始まりやしない。もしも真に何かを始めるとすれば、憎むべき奴らを
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