えるだけの逆作用しか考えられないではありませんか。ここが問題なんですよ。これがこの事件の結び目に当る急所だったのです。申すまでもなく、兄さんが親切な大宣言を行ったのはその逆作用を承知の上のことですよ。敵がこの大宣言におどろいて、その夜のうちに秘密の隠し物の場所を動かすに相違ない。それを暗闇に隠れて監視して突き止めるのが狙いなのです。出がけの食事中に呟いたという今夜一晩の不寝番とは、これを指しているのです。なかなか巧妙な策戦でしたね。そこで狙いたがわず目的を達して秘密の場所を見破ったかと申すと、実はアベコベでした。兄さんは己れの才をたのんで敵を甘く見ましたが、実は一見マヌケの如くにして敵の御両氏はさらに抜群の策士でした。否。軍略の才能に差がなくとも、敵を甘く見たことが大きな差をつくりだしてしまったのですね。バカの如くでバカでない御両氏はたちまち兄さんの計略を見破りました。そして兄さんが庭のどこかで不寝番をして見張っているに相違ないのを推察すると、それを逆に利用する策を立てたのです。花嵐にたのみ、庭の巨石をうごかしてその下に何物かを隠したフリをして見せたのです。兄さんは敵を甘く見ているために敵の策を見破ることができませんでした。そして敵が隠し場所を変えたものと真にうけて、手紙の束は石の下にありと思いこんだのです。とても巨石をうごかすことはできないから、石の横から下へと土を掘って目的物に達しうると考えました。巨石の下のしめった土の中へ手紙を隠しておくと紙が傷んで物の役に立たなくなるという不都合な結果が目に見えているから、直ちに発掘にとりかかるのは当然の行動でしたろう。しかし、道具なしに堅い庭土を手で掘るのだから大仕事で、先をあせって無我夢中でやってるところを忍び寄った二人が殺してしまう。そして、屍体をどこかに隠す。たぶん庭のどこかに穴をほって埋めたのでしょう。本日の取調べで夕刻ぐらいまでにその場所は判明するだろうと思いますが、お気の毒ながら兄さんの生きている見込みはありません。あなたのタンスから手紙の束を盗んだのは久五郎さん。見かけによらぬ鋭いカンで、あなたにとってその品物が重要な何かであるのを見破っていたから、あなた方があの日一方的な有勢裡に彼の品物を分捕った腹イセに、一番大切らしいその一品を盗んでやろうと思ったのでしょう。皆さんの隙を見てそれを盗みに奥へ行った。すると
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