小男だ。それらしい人がきたら伊助さんですかと訊いて、そうだと答えたら、外の道を一まわりして、庭の木戸から連れこむがよい。裏階段から登ると人目に立たずに連れこむことができる。人目にふれてもかまわないが、伊助が玄関へ立って、御主人様にお目にかかりたいと言わせなければそれでよい」
 その場に居合わせた成子はこの言葉をよく頭にたたみこんだ。全作の命令は秘密くさいものではなかった。ニコリともしない毎日の病床生活や激痛の呻吟にゆがんだ泣顔を見なれているから、彼としてはむしろ珍しく生き生きした声であった。良からぬことを予期したものでないようだった。成子がこの言葉に聞き耳をたててよく頭にたたみこんだのは、珍しく明るい声であったからだ。
「八時の約束だが、もしものことがあるから、今から門に立つがよい」
 こうせきたてて返らせた。この会話をきいていたのは成子だけで、大伍はナミ子をつれてきて、ただちに室外へ去ったのである。そのあとは成子は知らない。彼女は自分の部屋へ戻って、ねむった。
 ナミ子が伊助をつれてきたのは、まさに八時であった。言われたように庭の木戸から裏階段を案内した。この階段を登ると北側のドアが
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