だけが全部です。カギを盗んだ人が北のドアから忍びこんで旦那様を殺したのだと思います。私が隣室に控えている最中でも、北のドアから入ってきて殺すことはできます」
「お前は、自分がここに居る間に主人が殺されたと思っているのか」
「いいえ。そのとき殺したのではないでしょうが、私が見張っていても殺すことができたという意味です。たとえば伊助さんにしても、庭木戸から戻ってきて殺すことができます。しかし伊助さんは犯人ではありません」
「どうして分るね」
「あの人が殺す筈はありません」
それから訊問は家族全員に一巡した。特に注目すべき者は、犯人であるなしは論外として木口成子が筆頭であろう。大伍とナミ子のほかに全作の日常に近侍していたのは彼女だからだ。彼女は冷静にこう答えた。
「別に思い当ることは前日まではありません。その当日はいろいろのことが変っていました。伊助さんの訪問、習慣の変化もそうですが、伊助さんの来訪をまつ旦那様は生き生きとしていました。もっとも、それは兇事の前ぶれではなく、私は良い事の前ぶれだと思っていました。ですから、カギが盗まれたとナミ子さんが蒼くなって起しにきた時にも、私は兇事を考え
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