たのです」
「あなたが最後にこの部屋へはいったのは?」
「それはナミ子がカギを失ったと申して心配していたあとでした。十二時ちょッと前ぐらいです。兄はコンコンとねていました。ツケヒゲを拾いました上に、ナミ子がカギをとられたと申すので誰か北のドアから侵入したかも知れないと疑いましたが、仏像はそのときもまだこの卓上にたしかに在りました。私は不安になりましたから、よっぽど一存でどこかへ隠そうかと思いましたが、兄が目をさましたときの驚きの大きさを想像して、思いとどまったのです」
「それ以後は?」
「昼食後グッスリねこんで、事件が発覚するまでこの部屋へ来ませんでした」
「兄上が殺されたと聞いて、どんなことをお考えでしたか」
「メンドウなことは考えません。仏像はたぶん盗まれたと思いましたよ。そして、その通りでした。さすれば、犯人は多くの人では有り得ませんな。私が考えたのはそれだけですよ」
「なぜ犯人は多くの者ではあり得ないのですか」
「恨みがあって殺したものは、ついでに何かを盗むにしても、あの仏像に特に目をつけないでしょう。あの仏像だけが昨日買い入れた新品だということは、ふだんここへ出入している少数
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