その仏像を持ちまわっている者があるとすれば、彼は村役場の小使で、その昔は支那まで行商に歩いたことがある人物だという。それは行商人伊助の風体に合わないこともなかった。
「あなたは仏像泥棒以外の犯人をお考えの余地がないでしょうか」
 と新十郎が川田にきくと、
「それはむろん昨日でさえなければ大アリですとも。家族はたいがい全作氏に好意的ではありませんでしたね。彼が死ねば幸福になれる人もあります。けれども昨日は別の日ですよ。私の銀行へ使者がとりにきた五万円の金がそれを物語っています」
 川田は静かに微笑して答えた。
「あなたは午すぎにいらしたとき、邸内をしばらく散歩なさッたそうですね」
「左様です。十二時十五分ごろから、かれこれ一時ごろまで、邸内を散歩しました。まずこの部屋のほかのところは全部のぞいて廻りましたね。一番のぞきたいのはこの部屋ですが、カギがない上に、女中さんが隣室にガン張ってるから忍びこむわけに行きませんでしたよ」
 ここに一ツの新しい事実が現れた。全作が昨日五万円を必要としたのはいかなる事情によるものであるか、それを突きとめることが必要だ。
「さて、それでは時信大伍さんに来
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