ない。この陳列室の中には、私のまだ知らなかったものはありません。百カラットのダイヤを膝にのせた黄金の仏像はこの部屋には見当らないのです。しかし、全作氏が誰かに殺されている以上は、その仏像がここになかったという証明はできない。昨日は、イヤ、昨日のある時間までは、ここにその仏像があったかも知れない。私はむしろ在ったと確信していますよ。別に事業に投資しているわけではない全作氏が、そして起居不自由で隠れた生活をもつことのできない全作氏が、他にどのような必要があってそんな大金をひきだす必要があるでしょうか。私は彼の趣味を知っていますが、彼が五万円を投じても惜しまぬほどの珍宝は今のところその仏像しか考えられないと信じるのです。そして泥棒が人を殺しても盗む必要のあるものは、単なる美術品ではあり得ない。美術品には公定価格がなくて、趣味が問題ですから、人殺しに引き合うほどの価格はないのです。だが、あの仏像だけは人を殺しても引き合うのです。百カラット以上のダイヤモンドがついてるのですから」
なるほど彼の話をきいてみると、彼が昨日二度も現れて全作の買い物を偵察したのは充分の理由があったということが分った。
前へ
次へ
全55ページ中40ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング