ダラシなく喜怒哀楽がこもっている。人々に呪われて生きていた全作は人を凍らせるように冷い人間だったが、殺されて冷くなったせいか、彼の冷さの凄味が甚しいものでないことが妙子に分ったような気がした。冷く見える冷さはタカが知れている。
 大伍は彼の職務の本体がなくなったから、便器を中心に一意精励努力する焦点がくずれて、その虚脱を最も象徴的に示しているのが鼻ヒゲだ。彼はもう川田のように妖気や威厳をおびて歩くことはできない。彼が昨日まで歩いていた部屋には川田が歩いている。そして彼自身は女中部屋でウタタネしていた。
「主人が死んでも女中はヒマをだされるとは考えていないな。女中は家についてる動物だ。犬は主人につき、猫は家につく、ところでオレは犬に似ている。葬式がすむと、新しい主人を探さなければならない」
 大伍はねころんで呟いた。
「オレの主人を誰が殺したか。そんなことはどうだっていいや。ただ彼が死んだということはオレ自身の問題だが、死んだ奴が地獄か極楽へ行くのにくらべて、オレの行先はハッキリしないな。ただこのウチがオレの住宅区域でなくなったのは疑えない」
 病人の家から家に無限の職場がつづいている成
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