ミ子は気がかりになって、午後は二度だけ二階へ登ってみたが、控えの間に大伍の姿も他の誰の姿も見かけなかった。そして昼食のパンは夜がきても卓上に置かれたままであった。
夕方の七時になった。夕食の用意ができた。大伍はようやく寝ぼけ眼をこすッて起きてきたから、
「私が旦那様に御食事を差上げます」
と大伍のカギをかりで、二階へ夕食を運んだ。日中は誰も便器も見てあげなかったようだから一パイつまって臭いかな、と案じながら、まずドアをあけて燭台をかかげて病人のゴキゲン偵察に中をのぞきに行った。これから夏になるとだんだんウミの臭気がひどくなる。便器の臭気やらウミの臭気やらで、広い陳列室が充満してしまうのだ。
病人は変なカッコウをしてねていた。背中をまるめてフトンをひッかぶっている。まだお休みかしら? お疲れだろうから、とナミ子は思った。近づかずに、ナミ子はそッと戻ってきた。病人が目をさましてオルゴールの合図をするまで待つべきだと考えたからだ。大伍が来て指図をするまで、自分の一存で病人の眠りを妨げるのは慎しむべきであろう。こう考えて、ナミ子は控えの間に燈りを立て並べて待っていた。大伍は一風呂あびたり
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