わぬオモムキがあった。
 庭木戸をあけてヒョイとはいってきた人物がある。見るとオトメであった。川田を認めてオトメは呟いた。
「朝から気ぜわしくッて、心配で、ジッとしていられないのよ。今日、あの部屋で誰か死ぬ人があるわよ。オイノリして死神を落してさしあげなくちゃア」
 陳列室を指してみせた。そして小走りに走った。川田が懐中時計を改めると、一時にちかい時刻だった。
「ノンビリと遊びすぎたぞ」
 彼は一同に挨拶もせずに馬車にのッて銀行へ戻った。

          ★

 月曜は日中いっぱい手の施しようがないほど習慣の行事が乱れてしまった。
 病人の昼食はトースト三片と紅茶で、大伍がその世話をしてやるのだが、控えの間に用意のパンはそのままに置きッ放しであった。
「コンコンとおやすみだから、今日はほッとくがよい」
 大伍は習慣にこだわらなかった。ナミ子もこだわらなかった。ナミ子は助手で、看護人ではないのだから、根をつめて控えの間に詰めきる必要はない。日中は大伍の勤務御時間だ。ナミ子は自分の昼食に下りて、その後は概ね女中部屋にいたが、ふと大伍の部屋の前を通ったら、彼の大イビキがきこえた。
 ナ
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