そこへ寝ついてから三年になるが、一歩も室外へでたことがない。もっとも、歩けないせいもある。松葉杖にすがれば歩けるが、大小便もオマルで間に合わせ、一歩も室外へ出ようとしない。二ヶ所のドアにはいつもカギをかけておく。人をよぶにはオルゴールを鳴らして合図する規則になっていた。
 彼の身辺の世話をするのは、昼の部が時信大伍、夜の部が木口成子という看護婦である。ナミ子という女中が二人の助手で、そのほかの家族は一定の時間以外は病室に近づかせない。時信大伍は全作の弟だった。
 西洋で暮してきた全作が附添いに看護婦を思いつくのはフシギではなかった。ところがその看護婦が当時は珍品であった。明治十九年にようやく看護婦養成所というものができて、二ヶ年の修業で看護婦の育つ仕組みができあがったが、それまでは公式に看護婦という職業はなく、お医者が個人的に、それも主として西洋から招かれてきた紅毛碧眼のプロフェッサーが個人的に希望者を仕込んで自分の用を便じていた。木口成子もそうで、スクリード先生の私的な必要に応じて生れた看護婦第一号以前に属する前世紀動物であった。
 高額の給金を物ともせずに成子を雇っただけの値打はあ
前へ 次へ
全55ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング