思いついたことを訊いてみると、
「そうだ」
と答えただけだった。彼の方から一度こう訊いた。
「旦那の病気は何だね。ウミの匂いがプンプンする」
「オヘソのあたりや腰や股に銅貨ほどもある孔がいくつもあいて、絶え間なしにウミがにじみでているんですッて。ウミの匂いが強くなると香水をまくんだけど、今日は香水をまいてないのね」
会話はそれだけで全部であった。塀に沿うて半周して門の前で別れた。伊助はまた頭をペコンと下げただけで振向きもしなかった。
ナミ子が二階へ戻ると、控えの間から立ち去る大伍とすれちがった。
「旦那様はお疲れだ。これからようやくお寝《やす》みだから、誰も近づけてはいけないよ。三四時間はオレに用がなかろう。オレも早起きしたから、ねむたくなった。オルゴールがなるまでお部屋に入らぬがよい」
言いのこして彼は去った。まったく旦那はお疲れだろうとナミ子は思った。七時からの三四時間は熟睡のオキマリだが、それを起きていたのだから、当分はお目ざめがあるまい。時計を見ると、十時ちょッとすぎたところ。ふだんなら大伍の御出勤時間。本日はアベコベだった。
当分お目ざめがあるまいと確信のせいか
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