フーテン病みだという定説を考えれば、意気ごみはとるに足らない。自分の役目が必要なのは、こんな怪人物がいるせいだ。
「十かぞえるまでに帰って下さい。それが私の役目です。あなたの騒ぐのが旦那様の御病気に何より悪いのです。女中と侮ってはいけません。役目ですからイノチガケですよ」
若い娘だから、相手の気勢に輪をかけて応じた。それをジッと見て、とてもダメだとオトメは観念したらしい。
「ちょッとだけおイノリします。死神をおとすおイノリをね。ほんとに、仕様がない」
目をとじて合掌して、ナム、クシャクシャクシャと唱えるうちに、合掌の手が延びたり輪をえがいたり縮んだりニュッと横をさしたり、それにつれて、ナム、クシャが急に大きくなッたのでナミ子がハッとしたときに、ピタリとやんだ。瞑目して、静かに合掌、最敬礼。祷《いの》り終ると、サヨナラも云わずに、さッさと戻ってしまった。
そう長くは待たなかった。二人は陳列室から出てきた。八時三四十分であったろう。大伍はドアのカギをかけ終えて、
「伊助さんはここで待っていなさい。では一ッ走り行ってくるから。一時間あまりかかると思うが、伊助さんがお待ちの間は、ナミはさ
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