も、彼(つまり彼女のオヤジ)が殺されてみると、誰が彼を殺してもモットモだと妙子は思ったが。

          ★

 その日は月曜日であった。
 なるほど全作が殺されてみると、この日は朝から変った一日であった。
 ふだんは十時からであるのに、この日は七時前に大伍が病室へ現れた。まだ木口看護婦が全作に食事を与えている最中であった。それを見ると全作は待っていたらしく、
「そろそろお前を起させようと思っていたところだ。宮本は成田へたったろうな」
「今朝五時にたちました」
「ナミをよべ。伊助をむかえるダンドリをオレがよくきかせてやる。お前は伊助がくるまで隣りの部屋に居るがよい」
 宮本とは当家の書生だ。これがまた書生の中で有数の能ナシで、もう三十を一ツ二ツこして鼻下にヒゲをたててもフシギのない年配であるのに、よその三畳にくすぶってオマンマにありついてる。そこに住みついてから十年にもなるという人のウチの主《ヌシ》になりそうな存在であった。
 大伍がナミをつれてくると、全作がナミに云った。
「八時に伊助という織物の行商人がくるから、門の外で待っておれ。四十がらみの見るからに品のない行商人らしい小男だ。それらしい人がきたら伊助さんですかと訊いて、そうだと答えたら、外の道を一まわりして、庭の木戸から連れこむがよい。裏階段から登ると人目に立たずに連れこむことができる。人目にふれてもかまわないが、伊助が玄関へ立って、御主人様にお目にかかりたいと言わせなければそれでよい」
 その場に居合わせた成子はこの言葉をよく頭にたたみこんだ。全作の命令は秘密くさいものではなかった。ニコリともしない毎日の病床生活や激痛の呻吟にゆがんだ泣顔を見なれているから、彼としてはむしろ珍しく生き生きした声であった。良からぬことを予期したものでないようだった。成子がこの言葉に聞き耳をたててよく頭にたたみこんだのは、珍しく明るい声であったからだ。
「八時の約束だが、もしものことがあるから、今から門に立つがよい」
 こうせきたてて返らせた。この会話をきいていたのは成子だけで、大伍はナミ子をつれてきて、ただちに室外へ去ったのである。そのあとは成子は知らない。彼女は自分の部屋へ戻って、ねむった。
 ナミ子が伊助をつれてきたのは、まさに八時であった。言われたように庭の木戸から裏階段を案内した。この階段を登ると北側のドアが近いが、このドアはカギをかけたまま開けてはならぬ定めであるから、廊下を一曲りして控え部屋へ案内した。ここに大伍が待っていた。二階は陳列室と控え部屋の二間しかない。陳列室は南北に十二間、東西に五間の広間。北と西が廊下で、西の廊下を突き当ると控えの間。突き当って折れると玄関へ通じる階段だ。
「伊助さんだね?」
 大伍は立ち上って訊いた。彼は初対面らしい。
「そうです」
 と答えると、大伍はだまってうなずき、ドアをあけて伊助を兄の部屋へ通したのち、
「誰が来ても中へ入れるな」
 ナミ子にこう命じた。内部からドアのカギをかける音がした。
 ナミ子は伊助を見分けることができるかと心配だったが、織物の行商人は一目でたちまち判るものだ。上体の倍もあるような矩形の大包みを背負ってるから、きかなくとも分った。塀についてひろい庭を半周させるのが気の毒だから、
「重いのに大変ですね」
 と云うと、
「なれてるから、なんでもない」
 と答えた。なるほど小男ながらガッシリと逞しい骨格であった。二人の会話はそれが全部であった。
 ナミ子が一人になって十分ほどたつと、急いでやってきたのはオトメであった。この無遠慮な訪客は何よりも危険人物だから、
「いけません。いけません。この時間はいけません。お休の時間です。お客さまはもとより奥さま坊ちゃまですら御面会は夜の七時から十時までと定まっています。そのことは御存知でしょう。ましてあなたは面会の御許しがないのですから、ここへ近よるのも御遠慮なさるのが当然です」
 ナミ子は立ちはだかって制したが、ムキになりすぎて語気が荒かったから、オトメを怒らせてしまった。
「私はこのウチの長女だよ。全作さんにも姉に当る私だよ。女中風情が、無礼じゃないか」
「それはすみませんでしたね。ですが、私の役目ですから、お通しするわけには参りません。大声もいけません。この時間には皆さんが遠慮なさるのですよ」
「ですがね。今日は来ないわけにはいかなかったのよ。神様のお告げなの。私が見ていてあげないと、あの人は殺されるのよ。神様がハッキリそう仰有《おっしゃ》った。マチガイはありません」
 ナミ子の制止がきいて、にわかに遠慮ぶかい小声になったが、目はギラギラ光っていたし、激発を押えている意気ごみが察せられた。思いがけない言葉で、小声のためにかえって薄気味わるかったが、この婆さんが狐ツキの
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