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新十郎は一通りきいて、一通り見て廻って、一応概念をのみこんでから、もういっぺんテイネイに調べはじめた。
実に珍奇な蒐集品だ。ヨーロッパの品物もある。病人が蒐集品と病める身体とだけで一室にこもって余人をまじえずにカギをかけきって同居生活をしていた心境は異様なものではない。「来い」という合図にオルゴールを用いていたとは、ほほえましい思いつきだ。電気時代の今とちがって昔の呼びリンは伏せた鈴の上のポチを手でチンチンと叩くのが普通であったが、リンのポチを叩くことよりもオルゴールの方がカンタンだ。軽いフタをあければよい。四五分も鳴っている。呼びリンを叩く力はオルゴールの軽いフタをあけるのと同じぐらいの力しかかからないが何回も叩かなければならない。このオルゴールの曲は「ホタルの光」だ。オルゴールは美術品ではない。西洋ではありふれたタバコ入れか菓子入れのような日用品だ。
「オヤ?」
ネジをまいてオルゴールをかけた新十郎は小さな呼び声をあげで何かを見つめていた。
「病人はオルゴールをタバコ入れや菓子入れに使わずに、スズリ箱に使ったことがあるのかしら? 中にスミのあとがある。しかし、スズリも筆も今はない。オヤ。このテーブルの上にちゃんと立派なスズリ箱がある。病人の日常にはスズリを使うこともあった。現に昨日か一昨日は使っていますよ。まだスミがかわいていない」
テーブルの上には彼の日常品があった。置時計や燭台やサモワル。それらは同時に珍しい美術的なものだが、四囲の古代のピカ一的な美術品にくらべると、現代の美術品には妖気がない。妖気は年代の与えるものだ。同じ楠でも樹齢二千年の楠を見よ。子供の妖怪はないのだ。
そのとき川田が新十郎に話しかけた。
「病人がスズリを用いたのは昨日の朝八時半ごろでしょうな。私に当てて手紙を書いたのです。五万円おろして使者大伍氏に渡してくれという手紙ですな。むろん私はその手紙のようにしてやりました。彼は昨日の朝九時半ごろにはこの部屋で五万円受けとっている筈ですよ」
「そうでしたか。すると、八時半には彼はまだ生きていたし、そのとき新しくスミをすったに相違ない」
新十郎の返答はスミの方にこだわっていた。しかし、川田のすました顔を見て、彼が何かを語りたがっていることを新十郎は見つけだした。そこで云った。
「で、その五万円が病人には特に必要な事情
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