があったのですね。むろん、そうにきまっていますが、その事情を御存知でしょうか」
「私はバンカーにすぎませんから、彼の求めによって五万円さげてやっただけです。事情はたぷん故人の弟の大伍君、つまり銀行へ来た使者の人ですが、彼が知っているでしょう。しかし、三万円でも十万円でもフシギではないが、五万円という金額はちょッとタダではない。五万円に限って、彼のウミの匂いのようになんとなく臭いようですよ」
「それは?」
「結城さんは洋行からお帰りになって間もないから御存知ないかも知れませんが、あれは今から四五年前になりましょうか。一色又六の事件を御存知でしょうか」
「あいにく当時は洋行中です」
「一色又六は群馬県の小さな村の役場の小使です。役場の小使に落ちつくまでには、日本はおろか支那へまで行商にでかけ、そこで無頼の生活をしてきたような気性のはげしいナラズ者なんですね。ところで彼が役場の小使をしていたとき、村の誰かが珍しい古墳をほり当てたのです。群馬県は古墳の多いこと、また大古墳の多いことでは東国随一なんです。百姓が山上に畑を開墾するツモリで掘りあてた古墳でしたが、特に大きい古墳というほどではないが、横に入口のない石室が現れたのです。一枚三畳もあるようなフタの石が五ツも六ツもあるのですが、その一番小さそうなフタを持ちあげて外さないと中へはいることができないのです。一般に、古墳の石室には横に小さい入口があります。ところが、この古墳は大石のフタを外さないと中へふみこめないのです。そのために千年の余も盗人に掘られることがなかったのでしょう。村の者が集まって、大がかりに力を合わせて石を一枚外しました。すると、盗掘をまぬかれたせいか、または特に貴人の墓のせいですか、中から現れたものはピカ一の名品ぞろいでしかも多くが昔のままの姿をそっくり今にとどめていたのです。珍しい金銀宝石をちりばめた太刀も短剣もそっくりで、飾りの金は光っていました。ヨロイもありました。マガ玉の類は二千箇もでたそうですよ。百姓どもが発掘中に失敬して報告しなかった分を合わせると三千以上はあったのでしょう。しかし、それらの品々は他の古墳でも見られる種類のものでした。驚くべきことには、そのほかに多くの美術的な仏具が現れました。古来、古墳は仏教渡来以前のものと考えられていたのです。出土品に仏具類がないための断定にすぎませんが、特に横
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