せて口をつぐんだ。由利子は思わず耳をそばだてて、
「また? また、って、なんのこと? 前にも、こんなことが有ったの?」
「申し上げて良いか、どうか。イヤ、イヤ。一度お嬢さんにオーカミイナリの名を教えてあげただけで大そうなケンツクを食ったから、これ以上は何も申し上げるわけにいきませんや。とにかく、オーカミイナリは本当にタタリをする怖しい神様だなア」
「タタリ?」
川根はそれに答えなかった。そして、そッとお札を返したが、いかにも目の前に近づいたタタリを怖れているような様子だった。
由利子も処置に窮して、仕方なく再び元の位置におさめたが、
「そうだっけ。この扉が両側に一パイに開いていたのよ。三四日お詣りしないけど、この前の時は扉は閉じてた筈だし、それに昨日のお午《ひる》ごろまで激しい吹き降りだったわね。扉が開いてればお札に雨がかかったと思うけど、そんな跡はないわ。すると、ゆうべ誰かが入れたらしいわね」
川根は答えなかった。タタリという神々の業に人智の推量は余計物だと云わんばかりの思いつめた様子であった。
久雄は夕食のとき、お給仕する由利子からその話をきいた。
「バカバカしい。見せてご
前へ
次へ
全55ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング