ん。茶のみ話が好きな人や必要な人はこんなところに住みませんよ。食事の支度や不浄の用に立ったとき、たまにすれちがう住人同士で黙礼するぐらいのもので、私たち同士ではこんなにお喋りすることは殆どありませんよ。むしろ夜分に小屋の外から話しかける参詣の山人たちと話を交す方が私たちの用いる大部分の言葉と申してよろしいでしょう」
「神主さんは尊敬すべき人格の御方でしょうか」
「それは実に尊敬すべき御方です。己れの天職にあの方のように一途に没入できるものではありませんよ」
 悟りきった昔の富豪に別れを告げて、一同は伊之吉の小屋を訪れた。彼は二十七だそうだ。彼もまた素朴ながらも利巧そうな眼をもつ若者だった。彼も気軽に来客を迎えた。
「いつからここに住んだのですか」
「二十一の年から足かけ七年になりますよ」
「どういうわけでここへ住む気持を起したのですか。誰かが信仰に誘ったのですか」
「里の暮しがイヤになったからですよ。神の矢に殺された父の子は、里の人には何年すぎても珍しがられるばかりだからね。神の矢のお膝元では誰もオレを珍しがらないね。フシギな話だね」
「ここへくると珍しがられないということが、どうして
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