へ持ち帰った。蛭川さんの自宅は賀美村ですが、これは現在の児玉郡の東のはずれにあります。オーカミイナリは西はずれの秩父との郡界のところに在るのですから、郡内では一番遠い距離に当るのですが、それを物ともせずに出かけたのだから、大そうタノシミにしておられたのです。朝でて夕方にはもう目的を果して帰ってきたそうですが、蛭川さんの家では村の古老でそんなことの好きな連中が三四人集りまして、暗い灯に文書や図面を額に押しつけるほど近よせて、夜更けまでガヤガヤとたのしんだそうです。それがそもそものタタリの元であったようです。深夜まで客をもてなすための火を絶やすことができなかった。その火の不始末であったそうです。明方にちかく火事となって、大きな建物が夜の明けた時には灰となっていたのです。自宅の火事ともなれば、オーカミイナリの文書など考えていられませんから、そんなものの存在すらも忘れて荷を運びだしているうちに、むろんその古文書と称する物は灰となって地上の姿を失ったというテンマツなのです。これがモンチャクの発端です」
「その古文書は由緒ある物ではなかったのですか」
「田舎者のことですから学者というほどの者はおり
前へ
次へ
全55ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング