々だけではないのですか」
「殺されたのは蛭川家の二人だけですが、加治という大金持が没落したのは、これも神の矢のタタリによるように村人に考えられておるのです。ちょうど御一新まもない頃のことだと思いますが、加治家の土蔵が破られて二十二個の箱づめの黄金が何者かに奪われたのです。そのとき、加治家の正門中央にオーカミイナリの朱の矢が突き刺されておりました。ひきつづいて悪い番頭が主家をだましたり、親類縁者に訴訟を起されて負けたり、そのために当主がヤケを起して諸事に手ちがいを来して、六七年のうちに大身代がみるみる没落という有様です。屋敷まで人手に渡ってよその土地へ持ち去られ、加治、蛭川の両富豪の屋敷跡はどちらもいくつかの土蔵がペンペン草の中に雨風にさらされて名残りを止めているだけですよ。加治景村と蛭川真弓は同じぐらいの年配ですが、加治景村はタタリの怖しさが身にしみてか、オーカミイナリの信者となり、オーカミイナリの山中にイオリを結んで木の芽草の根をかじって生きているそうです」
「土蔵破りの犯人はあがりましたか」
「それがあがっておりません。蛭川の番頭定助の場合同様、神の矢の犯人は捕われたことがないので
前へ 次へ
全55ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング