は珍しい。クワだって普通は持主の焼判があるものだが、どの一ツにも持主の名がなかったそうだね。大人になるうちに、そんなことをふと考えるようになりましたよ」
伊之吉は侘びしそうな苦笑をもらしたが、
「ガンドウの灯もチョウチンの灯もローソクの燃えきらぬうちに消えていました。別にひッくり返っちゃいなかったそうだ。すると、死んだオヤジではない人が消したことになるらしいね。人の噂ではオヤジは黄金を掘りに行ったそうだが、ガンドウとチョウチンを二ツも用意しているくせに掘りだした物を運ぶための品物の用意がないのはウカツじゃありませんか。黄金の箱を小脇にかかえてクワのほかにガンドウとチョウチンをぶら下げて戻るつもりかねえ。このへんのことは考えると妙ですよ」
「それじゃアお前さんはお父さんが何をしていたと考えるかね」
「そいつは分りませんや」
と彼は吐きすてるように云って苦笑した。その他のことはハッキリと答えたがらぬ風で、次第に口数が少くなるばかりであった。
別れぎわに新十郎は伊之吉にきいた。
「お前さんのウチの畑は遠いのかね」
「いいえ。ウチの隣りにちょッぴりしかありません。だからフシギでさア」
伊之吉の小屋をでて、一行は帰途についた。
「伊之吉の話は意味深長ですね。賀美村へ戻って定助の殺された時の様子をこまかく調べてみると何かが分るかも知れませんね」
新十郎がこう云うと、花廼屋は、
「それも大ありだが、私は二ツの屍体が天狗の面をかぶされていたのが奇妙だと気がついたね。天狗の奴は大きなドテラに裃《かみしも》の肩をつけたようなダブダブの変った着物をきていたがあの着物をきて、猿田の面をつけて、総髪にすれば、天狗の女房が亭主に化けていても分りやしないね。うすぐらくって、小屋からちょッと距離のある仕事場だからね」
「なるほど。結構な着眼です」
新十郎がこうほめると、花廼屋はニヤッと笑って、
「そこでさ。奴が旅にでる。夜道を歩くつもりでも、うっかり人前に顔をさらす時に、猿田の面をかぶっていたとすれば、どうだね。面の下に同じような顔があっても、猿田の面をかぶっているということなら、面の下の本性が大きにゴマカせるじゃないか」
「ナニ、狼のように山径を走るというから、一夜のうちに東京を往復して殺すこともできらア」
と虎之介。花廼屋はカラカラ笑って、
「往復五十里の余もある夜道がそんなに早
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