ぎじゃすみやしねえやな」
 この反駁は明快だった。さすがに海舟、虎之介とちがって、全てのことが一応整理された上での結論なのだ。虎之介はムクレたままうなだれて、返す言葉もない。
「火事見舞いにでむいて、はからずもオカネのヘソクリの在りかを見てとった仁助は、弁内をおびきだして肩をもませつつオカネが酔って熟睡のこと、他の五名が出払って無人のことを確かめ、弁内に後口のかかったを幸いに、ひそかに忍びでてオカネを殺し、金を奪ったのさ。あとで弁内に現場の様子を根ぼり葉ぼり訊きただすのは古い手だ。物見高いヤジウマのフリをしてみせるためと、また一ツには己れに不利な証拠を落しやしなかったかと不安にかられての自然の情というものさね」

          ★

 虎之介は人形町へ直行した。新十郎の図星のようになってしまって、何から何まで癪にさわるが、時間がないから仕方がない。
 しかし、見事な反駁のあとの推理だから、時がたつにつれてその爽快さがしみてくる。馬を急がせているうちにムクレは落ちて、胸がふくよかになってきた。
「さすがに天下の海舟大先生だなア。オレとしたことが海舟先生に反駁なぞとはゴモッタイもない
前へ 次へ
全46ページ中39ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング