として、一向にムクレた様子がないのは、そこが凡人と偉人の差かも知れない。あんまり見上げた差ではない。要するに、海舟先生、苦吟の巻であった。海舟は小指の悪血をしぼり終って、静かに語りはじめた。
「犯人は足利の仁助さ。六人家族に目が一ツ半。この理に着目すれば謎はおのずから解けらアな。新十郎の云うように、ほかのことには手をつけずにタタミとネダをあげて壺を取りだした犯人は、かねて壺の在りかを知る機会にめぐまれた奴にきまッてらアな」
 虎之介が益々ムクれてさえぎった。
「軽率でござるぞ。オカネが人々の不在を見すまして壺を取りだして中を改めている所へ賊が忍び込んで参ったのかも知れませんぞ」
「虎にしちゃア、できたことを言うじゃないか。だが、オカネがネダをあげたにしちゃア解せないところが一ツあるのさ。タタミ一枚分のネダがそッくりあがっていたそうじゃないか。壺を隠した当人がネダをみんなあげるようなムダなことをするものかえ。また、壺を改めている最中に賊が現れた際には、格闘の跡もなければならない道理だよ。オカネは寝こみを襲われているぜ。非力とは云え因業婆アが目をさまして盗ッ人を迎えたならば、鵞鳥どころの騒
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