参りましょう。犯人を取り押えに。もっとも泉山さんは、氷川町から人形町へ直行なさる方が近道ですね。では、おやすみ」(ここで一服。犯人をお考え下さい)

          ★

 海舟の前にかしこまって、すべてを語り終って後も、虎之介のフクレッ面はとがッたままだった。昨夜の別れ際に、氷川町のことまで新十郎に先廻りして云われたのが癪にさわって堪らないからである。
 海舟はナイフを逆手に後頭部の悪血をしぼりとり、それを終って、左の小指の尖を斬った。ポタリ、ポタリ、と懐紙にたれる血を見るともなく考えふけっているようであったが、ふと顔をあげて、虎之介のフクレ面をからかった。
「虎は大そうムクレているな」
「よくお分りで」
「誰が見ても、よく分らアな。だが、ムクレているワケを言ってやろうか」
「そこまで見破られるほどのバカではござらん」
「犯人が皆目分りやしないからよ。まるッきり分らなくッちゃア、ムクレの他に手がねえやな。概ねムクレて一生を終る面相だぜ」
 せッかく悪血をしぼりながら、こんなことを言っているのは、海舟も概ね犯人が分らないせいではないかと疑いたくなる。しかし悠々|綽々《しゃくしゃく》
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