れば抜けだせないのですよ。なぜなら、その晩だけ、先生はお酒をのんでグッスリ眠るが、ふだんは夜更けまで目玉をギラギラさせている習慣だからですよ。そしてアンマにもまれている時仙友さんが外でお酒をのんでることを妙庵先生は全く御存知ないのです」
「十二時頃女中にふられてオデン屋を立ち去ってから、彼はどこをブラついていたのですか」
 花廼屋《はなのや》がこう訊くと、新十郎は首をふって、
「さア、それがとりとめがないのです。諸所方々をうろつきまわっていたようだが、ハッキリ覚えがないと云うのですよ」
 一同は、またアンマ宿へ戻ってきた。まだ家族たちは戻っていない。角平の姿も見えなくて、稲吉がただ一人ションボリ留守番をしているだけだ。
「日が暮れると、にわかに注文殺到でさア。物見高いんだねえ。ふだんは一晩に三口か四口も口がかかりゃアいい方なんですよ。私も人殺しのウチに留守番なんてイヤだから、仕事にでたいが、家を明けて出るワケにもいかないから、困ってるんだよ。留守番を代って下さいな」
「もう、ちょッとの辛抱だよ」
 新十郎はズカズカ上へあがって、
「間取りのグアイを見せておくれ。ここは二軒長屋だね。典型
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