、立上った。
「私はお酒がのめない気持になったから、ちょッと頭をひやして来ますよ」
 と外へでた。一時間ほどすぎて、新十郎は戻ってきた。まもなく古田も現れたから、一同そろってオデン屋を出た。
「古田さんの方は、どうでしたか?」
「石田屋の主人にたのんで、幸い隣室が空いていたから忍ばせてもらいましたが、やっぱり仁助はあの晩の様子がききたいのですねえ。根ぼり葉ぼり訊いてましたが、相手がメクラのことですから、仁助の知りたいところに限って弁内がまったく不案内というワケなんです」
「たとえば、どんなところが……」
「たとえば、オカネは燈りをつけてねていたか。ふだんは燈りをつけているか。その晩は燈りがついていたか」
「わかりました」
 新十郎はうなずいたが、その目は驚愕のために大きく見開かれていた。
「実に天下は広大だ。怖しいものですよ。一足おくれれば……」
 彼は何事かをはげしく否定するように首をふって口をつぐんだ。やがて気を取り直して、
「私は妙庵先生のところで、オデン屋のオヤジの言葉が正しいのを確かめてきましたよ。仙友さんは仲々うまい抜けだし方をあみだしたものだ。あの方はアンマのくる日でなけ
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