、下駄を手でさぐる必要はない。彼女だけは燈りの必要な不自由な人間の一人であった。
と、次に角平はけたたましい叫び声をきいた。お志乃の声だ。
「タ、タ、大変! 助けて!」
やがてお志乃が高い山を登りつめたように息をきらして這い上ってきた。
「おッ母さんが殺されてるよ」
報らせをうけて到着した警官がオカネの死体にさわってみると、もう冷くなっていた。絞殺されていたのである。
★
オカネの寝床やアンドンは片隅にひきよせられ、部屋のマンナカのタタミがあげられ、ネダ板が一畳分そっくり一枚一枚外されて、ボッカリ大穴があいていた。泥のついた壺が一ツ穴のフチのタタミの上においてあったが、それは縁の下からひきあげたものであろう。壺のフタは外され、中味はカラであった。
ほかに室内を物色した形跡がなかった。
角平と弁内が仕事にでたのは十時半。そのときまでオカネは冷酒をひッかけ、相当よッぱらッていた。
最初に仕事から戻ったのは弁内、一時ちょッと過ぎたころだ。彼はそれまで石田屋で、仁助のほかにもう一人のお客をもみ、お帳場でイナリズシを食べさせてもらッて帰ってきた。彼にはアリバ
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