「仙友? アア、そうか。妙庵の代診か」
「それよ。私ゃあの野郎が抜けだして一パイ飲んで戻るまで、先生をもんでなくッちゃアならねえのさ」
「あの男はとッくにここを出たぜ。かれこれ二時間になるだろう。十二時ごろだったなア。オタキの奴が客と一しょに出て行くちょッと前だったな。あれから二時間もたったのに、オタキの奴め、いまだに戻ってきやしねえ」
「じゃア、もう二時になりますか」
「二時十分すぎだ」
「こりゃアいけねえ。タップリ三人前もませやがったか。道理で、腹がヘリスケだ」
お酒を三本キューッとひッかけて、オデンを三皿。茶メシを二ハイかッこんで出た。もうその時は三時であった。
家へ戻ると、土間には銘々の下駄をそろえておく規定の場所が定められているから、そこに自分の下駄を揃える。他の人の下駄を探ってみると、まだお志乃の下駄がない。目のない彼らは、こうして人々の帰宅を知り、最後に戻ってきた者が戸締りをすることになっている。
弁内も稲吉もぐッすりねこんでいた。彼もフトンをひッかぶった。一足おくれて戻ってきたのはお志乃であった。お志乃が戸締りをした。お志乃はチョウチンをぶらさげて戻ってきたから
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