ると一々文句をつけているうちに、ゴオンゴオンと大イビキをかきはじめる。
 妙庵の夜食をさげて後始末を終った仙友、イビキ声にほくそ笑み、見える筈のないメクラの角平に目顔で別れを告げて、イソイソと立ち去った。
 彼の行きつけの一パイ飲み屋はオデン小料理の小さな縄ノレンの家である。その店でも大切にされるお客ではない。
 妙庵があんまりはやらないヤブ医者だから、その代診の仙友は、実は下男代りのようなもの。給料なんぞもイクラももらッちゃいないから、妙庵がアンマをとって眠る晩に、稀れに抜けだして一パイのむのが手一パイというフトコロ具合であった。それでも当の本人は女中のオタキに惚れて、せッせと通っているツモリなのであった。
 ところがその晩はオタキの情夫か何か分らないが、若い色男のお客のところへピッタリくッついたきり、オタキは仙友の方なんぞは振りむきもしない。
 四本五本とヤケ酒をひッかけて、そのたびごとに、
「オイ。オ代りだ!」
 大きな声で怒鳴っても、てんで相手にしない。
「チョッ。畜生め!」
 しかし、モウ、それ以上は軍資金がつゞかないから、
「覚えてやがれ。テメエだけが女じゃアねえや。アバヨ
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