オレはぬけだすから、患者が戸を叩いたら、今日は休みでござんすと断ってくれ。先生にわからねえように、な」
 仙友はオヒネリをだして角平のフトコロに押しこんだ。
 妙庵は持病の神経痛がおさまると、大酒のんでアンマをとってねむる。ふだん睡眠が足りないから、こういう時には正体もなくグウグウと屋根がゆらぐようなイビキをたててねこんでしまう。代診の仙友のほかには下男も女中もいない。ふだんコキ使われている仙友にとって、ゆっくり羽をのばしてくる好機であるから、妙庵のイビキ声とともに、後をアンマにまかせて一パイ飲みにでるのである。
 角平が到着すると、妙庵はサカズキをおさめて、ネマキに着替えて、横たわり、
「陽気がいいせいか、今夜は特別酒がしみるな。あんまり強くもんじゃアいけないぜ。軽く全身のシコリをほぐすように、ゆっくりと静かに、さするとみせてもむようなアンバイ式にもみほぐすんだよ。オレが自然に寝がえりを打たないのに、オレのカラダをヒックリ返しちゃアいけないよ。手のとどかねえ下の方にも手をまわしてもんでくれるのがアンマの親切というものだ」
 口うるさい妙庵、そうでもない、こうでもない、強すぎる、弱すぎ
前へ 次へ
全46ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング