座敷がかかったか。この節は流しでなくちゃア、ダメらしいや。師匠の看板なんざア、てんで物を云やアしねえや。ベラボーめ。腕自慢のアンマが流して歩けるかい。いよいよ東京もつまりやがったな」
「お名ざしで口がかかりゃア結構だ」
「ヘッヘ。チョイと御身分が違います」
 弁内は道具一式を包んだ物をぶらさげて、暗闇の階段を器用に降りて行く。出がけにハバカリへはいる。まだハバカリにいるうちに、又もや表の戸を叩く音。
「頼もう。アンマのウチは暗いな」
「目の玉があると思って威張りやがるな。暗いが、どうした。オカネの顔を見せてやろうか」
「化け物婆アめ。相変らず冷酒のんで吠えてるな。妙庵先生のウチの者だが、アンマを一匹さしむけてくれ」
「自分で脈がとれねえかよ、ヤブ医者野郎め」
 稲吉は流しにでているから、二階に売れ残っているのは角平ひとり。さッそく身支度して階下へ降りる。出会い頭に便所からでてきたのは弁内。
 待っていてくれた妙庵の代診仙友とともに三人一しょに外へでる。十時半ごろだった。四ツ角で、右と左に弁内と別れると、仙友は角平にささやいた。
「例の通り、よろしく、たのむぜ。先生のイビキ声がきこえると
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