疲れているから、良い気持にグッスりねこんでいるという次第であった。
「こんなウチは火事に焼けちまえばいいのに」
 と、弁内は呟きつつフトンをひッかぶり、
「長居は無用だ。この土地にゃア話の分る後家も芸者もいやしねえ」
「テメエの話は人間のメスには分らねえよ。北海道へメス熊の腰をもみに行きな」
 角平がねがえりをうって吐きだすように呟いた。

          ★

 なま暖い晩だった。長い冬が終ろうとして、どうやら春めきだしたころ有りがちな陽気。
「今晩は火事があるぜ。コタツでウタタ寝しちゃアいけねえよ」
 銀一が呟きのこして出ようとすると、
「ナニ云ってやんでえ。テメエのコタツを蹴とばしてお舟の股ぐら焦すんじゃねえや。ゲジゲジの唐変木め」
 オカネが怒鳴り返した。銀一はそれにはとりあわず、車にのって去った。患者からの迎えであるが、むろんそのあとでは必ず妾宅へまわるのが例であるから、出がけにこれぐらいのヤリトリは無事泰平の毎日の例にすぎないのである。
 銀一をのせて患家へとどけた車夫の太七、カラ車をひいて戻ってきて、待っていたお志乃をのせて去る。浜町の伊勢屋から昼のうちにお約束の口が
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