拘らず無類にメクラのカンがよかったそうで、よはど耳が発達しているのかも知れません。彼はこうして偶然にもオカネの貯金場所を突きとめる機会にめぐまれました。その上、人形町はアンマがふえて仕事が少くなり、お志乃のムコも殆ど定まってしまったから、ここを立ち去る自然の時期もきている。いつヒマをとっても人に疑われる怖れがないのだから、行きがけのダチンに、とさッそく機会を狙いはじめたのでしょう。あの晩はその絶好の機会でした。銀一は妾宅へ、お志乃は旦那のところへ、二人の帰宅はおそいにきまっています。流しの稲吉は一時すぎなければ戻ってこないし、自分と一しょにここを出た弁内はいつものお客のほかに後口もあるという。これもタップリ二時間あまりは戻る筈がない。しかも彼自身がよばれた先は、妙庵はいったん眠りこむと正体もなく、また仙友は自分に後を託して居なくなるというオキマリのところです。オカネは彼の出がけにはすでに茶づけをかッこんでいたから、妙庵よりも先にねこむに相違ない。そこで、妙庵がねこみ、仙友が抜けだした後に彼もそッと抜けだして、ここへ戻ってきてオカネを殺し金を奪って肌身につけ、何食わぬ顔で妙庵のところへ戻ってもみつづけていたのでしょう。こんなときに、妙庵がふと目をさましても、その目をさましている時間は長いものではないし、程へて再び目をさましても、前後の目覚めにハッキリしたレンラクや時間の距離の念があるものではありませんから、ちょッと便所へ行っておりまして失礼しました、と云えば、ああ、そうか、ですんでしまい易いものです。酔っ払いをねむらせておいて一時間ぐらい遊んできて再びもみつづけてもたいがいは分るものではないのです。もっとも、一部分だけもんで手をぬくと、敏感なお客には目がさめてのち、もまれたところと、もまれないところがハッキリ区別がつくそうですが、角平は再び戻ってきて、それからタップリ二時間ももんでいたのですから、妙庵は彼が中座したことを全然気がついていないのです。角平は非常に巧妙に自分がメクラであることを利用して事を行いましたが、あんまり巧みにやりすぎたので、犯人はメクラであろうという証拠まで残してしまった始末なのでした。あんまり巧みにやりすぎるのも、良し悪しですよ」
 と、新十郎は語り終って、微笑した。

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 海舟は虎之介の報告をきき終ってのちも、しばし余念
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