ぎじゃすみやしねえやな」
 この反駁は明快だった。さすがに海舟、虎之介とちがって、全てのことが一応整理された上での結論なのだ。虎之介はムクレたままうなだれて、返す言葉もない。
「火事見舞いにでむいて、はからずもオカネのヘソクリの在りかを見てとった仁助は、弁内をおびきだして肩をもませつつオカネが酔って熟睡のこと、他の五名が出払って無人のことを確かめ、弁内に後口のかかったを幸いに、ひそかに忍びでてオカネを殺し、金を奪ったのさ。あとで弁内に現場の様子を根ぼり葉ぼり訊きただすのは古い手だ。物見高いヤジウマのフリをしてみせるためと、また一ツには己れに不利な証拠を落しやしなかったかと不安にかられての自然の情というものさね」

          ★

 虎之介は人形町へ直行した。新十郎の図星のようになってしまって、何から何まで癪にさわるが、時間がないから仕方がない。
 しかし、見事な反駁のあとの推理だから、時がたつにつれてその爽快さがしみてくる。馬を急がせているうちにムクレは落ちて、胸がふくよかになってきた。
「さすがに天下の海舟大先生だなア。オレとしたことが海舟先生に反駁なぞとはゴモッタイもないことだ。しかし、先生も話せるなア。虎にしちゃアできたことを言うじゃないか、とおいでなすッたぜ。アッハッハ。居ながらにして全てタナゴコロをさすが如し、それに比べると、あの若僧のフーテン病みは……」
 新十郎一行はアンマ宿の前で馬のクツワを押えていた。虎之介は馬から降りずに、
「こんなところに立っていたって仕様がないぜ。石田屋へ行かなくちゃア、ラチがあかないよ」
 新十郎は笑って答えた。
「仁助は朝早く足利へたちましたよ」
「シマッタ! 一足おくれたか。それ、足利へ。オレに、つづけ」
「お主は馬よりも泡をふくねえ。馬をのせて足利へ走るツモリだな」
 と、花廼屋が虎之介をからかった。
 そこへ古田巡査の案内で到着した警官の一行。一同そろってアンマ宿へはいった。
 主人銀一、養女お志乃、弟子が三名。オカネの妹オラクとその子松之助が来合わせていた。
 せまい部屋に一同が着席すると、新十郎は家族の者を見まわした。メクラ一同オモチャの鳩のように無表情でハリアイがないことおびただしい。
「全てのことを推理したいと思ったのですが、一ツのことは今もって見当がつかない。メクラは、盗んだ物をどこに隠すか。たぶ
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