んは室内から出られなかった、そして死んだということです。そして六十人のあなた方よりも八百人の多くの目が正しいにきまっています。つまり、喜兵衛さんは出られなくて死にました。しかし六十人の皆さんだけが、事実に楯ついて、喜兵衛さんは生きていると信じたって、差支えはないでしょう。要するに、それだけのことですよ。さて、最後に」
 と新十郎は声を改め、
「その室内には前から一ツの屍体と一人の人間が実在していました。それにも拘らず、皆さんには全く見えなかった。それは、なぜでしょうか? 私が説明する代りに、本人にやって見せてもらいましょう。さア、どうぞ。名なしの誰かさん」
 こうよびかけられて、無名氏はふりむいた。そして魔人の如くにシッカリと歩いた。そのふるさとへ戻るように。
 彼は一枚ずつ扉を押しあけた。たったそれだけのことである。内部の全てが見えた。云うまでもなく中央の棺桶も。しかしもはや人の姿は見えなかった。
「ごらんの通り」
 と新十郎は指して、
「彼の人は隠れるために飛び上ることも走ることも一切の特殊な動作が必要ではなかったのです。中へギイーッと扉を押しあけてしまえばよろしいのです。すでに室
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