いた。その近所には海舟の別邸もあり、そこには海舟の娘が住んでいたから、海舟もこのあたりの風土については心得もあるし関心も持っていたのである。三囲《みめぐり》サマ、牛の御前、白ヒゲ、百花園と昔から風雅な土地であるが、出水が玉にキズの土地でもあった。
 その日、清作はふとなにがしの用を思いついて、珍しく深川の本宅へ顔をだした。実に珍しいことであったが、これを虫の知らせと云うのか、このために、彼とチヨは死をまぬがれた。さもなければ、彼とチヨも二人の子供と運命を共にして親子四名全滅するところであったろう。
 彼の帰宅がやや遅れたので、いつものように四名一しょに晩の食卓をかこむことができなかった。子供たちの食慾は父の帰宅を待ちきれないから、チヨはせがまれるままに子供たちに食事を与えた。ちょうど京都の松茸が本宅から届いていたから、これを鯛チリの中へ入れた。父母に先立ってこれを食したために子供たちは落命したが、父母はイノチ拾いをしたのであった。
 この松茸の中に、松茸と全く同じ形の毒茸がまじっていたのである。
 この松茸は京都方面へ出張した若い番頭の二助が買ってきたものだ。喜兵衛は食道楽で、地方出張
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