たが、顔形も見るヒマがなく闇になってしまいました」
「重二郎さんが乗って出かける時は、チョウチンもつけていたろうから、年かっこうぐらい見えたろうね」
 と保太郎に問われて、お鈴はまた赤くなって、首をふった。
「番頭さんがお乗りになる時もチョウチンなしで、暗闇でおのせしてからチョウチンをつけてカジを上げたんです。番頭さんにチョウチンはときかれて、市川までは遠いから、できるだけローソクをケンヤクしなくッちゃアと、言い訳をのべていました。ローソクなら持ってきてあげようと私が云いますと、それには及ばないと、チョウチンをつけて走り去ったのです。後姿をちょッと見ただけで、年かっこうも、何も分りません」
「このへんにお住いの方々はモーロー車夫を信用なさるのですか」
 と、新十郎の澄んだ目で見つめられたが、お鈴は案外ハッキリと、
「番頭さんは若い頃剣術や柔術の先生について大そう腕自慢でしたから、モーロー車夫ぐらいに驚きません。そんな奴はオレの方が身ぐるみはいでやると、ふだんからそんな強がりを言っていた方です」
「そう、そう。ちょうどオレが子供のころ、木場の若い者に武ばったことがはやったものだ。オレの年
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