ごろで町道場へ通わなかったのはここの清作さんぐらいなものさ。重二郎さんの手並は知らないが、ひところ木場の若い衆が、私も実はその一人でしたが、むやみに腕自慢を鼻にかけたのは、よい図じゃアありませんでしたよ」
 新十郎は、なるほど、とうなずいて、
「威勢のよい土地はサスガですなア。ところで、番頭さんは御主人の信用がおありでしたろうか」
「それは、もう、大変な信用でしたよ」
 と、保太郎は力をこめて、
「なにぶん、清作さんは病身で家業の方には関係なく、たのむ身内は重二郎さん一人ですから、杖とも頼むようでした。心底から力とたのんで、深く信頼しておりました」
「すると清作さんの仰有ることが嘘でしょうか。信頼できない男だが、身内だから仕方なしに、というようなお話でしたが」
 と、こう云いながら、新十郎の見つめているのは二人の女中たちの顔だった。保太郎はそれを見ても生き生きした顔に変化もなく、
「そうですか。清作さんは家業の方に無関係でしたから、父上の気持がお分りにならないところがあるのも当然かも知れません。山キと私どものマル三とは合併して新式の会社をやろうなどゝ話がありまして、山キの御主人と私ども
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