ませんので」
「まことに礼儀をわきまえぬことで申訳もございません。実は番頭の重二郎さんの行方が分らないそうですが、葬式の前日当家へ見えて、夕食後市川の別荘へ行かれたままその後のことが知れません。そのときの車夫に会わせていただきたいのですが」
チヨは利口そうな目をあげてジッと新十郎を見つめて、
「この寮の車夫はその日あいにく父をのせて市川へ参りまして、重二郎さんを市川へ御送りした車は当家のものではございません。私は奥におりまして、誰が車を探しに出たやら存知ませんが、女中にでも訊いてみましたら……」
チヨが兄の顔を見て、女中に訊いてきて、という目顔に、保太郎は気軽に立ち上って、やがて二人の女中を連れて戻ってきた。
「お鈴の話では、門を一足でると、ちょうど通りかかった車があったから呼びこんだのだそうです。その車夫を見覚えているかえ」
まだ十八のお鈴は赤くなって「いいえ」と首をふり、
「夜でしたのに、その車夫はまだチョウチンもつけておりません。私が門を一足でると、ぶつかるようにすれちがったハズミに私のチョウチンがはじかれて、地へ落ちて消えました。その消えたチョウチンは車夫が拾ってくれまし
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