、と私にもそう仰有《おっしゃ》って出たきりですよ。本宅か市川にお泊りのことと思っていましたがどうかしましたか」
「出かける時はふだんの姿と同じだったな」
「ええ。そうです。もっともオトムライに着るための紋附は一そろいフロシキに包んで持っておいででしたね。だから、その晩は本宅か市川へお泊りの予定でさアね」
「本宅の留守番に紋附はいるまい」
「そんなこたア私ゃ知りません。本宅の留守番だって、オトムライの日は紋附ぐらい着ちゃアおかしいかねえ」
「隠すと為にならないぞ。妾が七人もいるそうだが、オトムライの留守番をいいことに、妾のところへ籠っていやがるのだろう。妾の名前と住居をみんな有りていに申しのべろ」
「ヘエ七人もお妾がいましたかねえ。世間の旦那は飯たき婆アにお妾のノロケを言うものですかえ。私ゃウチの旦那からそんなノロケを承ったことがないね」
ちょッと海千山千という目附の老婆。
重二郎の妾が七人というのは警官のデタラメだ。重二郎は身持ちがよくて、妾があるような噂も近所に云う者はいなかった。
それから二日すぎても重二郎は姿を現さなかった。しかし、そこに、喜兵衛焼死とむすびつく曰くがあるか
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