本ずつ軽く打った釘はフタの役に立つようなものじゃアありません。軽く肱《ひじ》を突っぱっただけでも開く仕掛けになっていましたよ。ヨイヨイじゃあるまいし、火にまかれるまで出場を失うような旦那じゃありませんや。ちゃんと覚悟があってのことだ。私はこう見たから、旦那のお心に背かないのが、最後の御恩返しと心に泣いて旦那にお別れを告げていましたぜ。思慮と云い、胆力と云い、衆にすぐれた旦那がこうときめたこと。木場の旦那の数あるうちでも音にきこえた山キの旦那ともあろうお方が、ヨイヨイやモウロクジジイじゃあるまいし、自分で趣向をたてた葬式に火にすくんでトビの者に助けだされたなどと、旦那の名を汚すような外聞のわるい評判がたつようなオチョッカイをはたらくほど慌て者のコマ五郎じゃアありませんぜ。はばかりながら、死水をとってあげる気持で、ジッと火を見つめていたんでさア」
「口は調法なものだなア。ところで、コマ五郎にきくが、お前の方の大工の流儀じゃア、扉というものは人間の出入口にはつけないものかえ」
「ヘッヘッヘ。壁に扉をつけた大工が居ましたかえ」
「お前の大工の流儀でも、扉を開けなくちゃア出入できないというわけか
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