よく見えるようにした上で、土佐八は棺桶のフタをあけた。呆れ果てて中をのぞきこんだまま、しばし呆然と目を放すことができない土佐八の様子。やがて彼は中の物に手で触れてみた。人間大の人形だ。
土佐八は長い無言の後、いぶかしげに人形を抱き起して担ぎあげた。そして二人は元の如くに扉をしめて一同の前へ戻ってきた。
「私が棺桶から出たあとはカラでした。そして、あのとき最後に室内から出て扉をしめて錠をおろしたのは土佐八親分ですが、そのときこの人形はありませんでしたね?」
土佐八は無言のまま、いまいましげにうなずいて、人形を地上へ投げだした。
新十郎は人々の呆然たる顔を面白そうに見まわしつつ、
「さて、今度は波三郎さんに、もう一度、あの室内を確めていただきましょうか。皆さんも御覧の如くに、いま私たちがでてきてから、誰もあそこに近づいた人影はなかった筈です。しかし、室内は無人でしょうか? どうぞ、波三郎さん」
と、うながされて、波三郎はナニを畜生めとばかり扉に向ってすすんだ。彼は扉をあけた。半分あけて、立ちすくんだ。気をとり直して一枚ずつ扉を全開した。彼は一同に内部が見えるように、一足横に身をひいた。
棺桶の上に、黒装束の人が立っているのだ。火消装束の人である。立っている。棺桶の上に。直立して、生きているのだ。うごきはじめた。棺桶を降りて、一同の前まで進みでた。深く頭巾をたらしているから、かすかに目が見えるだけで、まったく人相は分らなかった。直立不動、無言のまま一同を見まわした。
新十郎は猛獣のオリの前で小学生の団体に説明する先生のように、
「私がここにチャンとこうして居りますように、私、つまり、あの日の不破喜兵衛さんも火消人足に変装して室内をでてから、再び室内へは戻りません。戻ることはできないのです。ヌケ道もなく、扉には錠がおろされているのですから」
新十郎は怪人同様一同を見廻して、
「だから中で焼死した人があるとすれば、とにかく喜兵衛さんでないことは確かです。そして喜兵衛さんと皆さんが室内から出て以来、扉には錠がおろされて誰も再びはいる姿がなかったとすれば、実に真相はカンタンです。どこにも謎や仕掛はあり得ません。要するにあの室内にはその前から死体があったのです。しかしホンモノの死体が自分で歩いて行ってカラの棺桶の中にはいるわけには行きません。さすれば、これもカンタンで
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