方が不可能となった……」
 こう云って新十郎は微笑して、
「さッきから錠がおろされたまま、誰もあそこに近づいた者の姿はありません。また、床も羽目も屋根も蟻の出入の隙もなく念を入れて二重張りに密閉されていますから、誰も中へ入ることはできない筈なのですよ。この構造を自分の手でつくったコマ五郎一家の人々は誰よりもよくそれを知っていました。ユーレイでなければ中へ入ることはできないのです」
「そうか。わかった!」
 ヤマ甚は叫んだ。
「年寄の坊主が走って行きましたね。それにつづいて、三四名の坊主と十名あまりの火消人足が追っかけて駈け登って、扉が倒れたなア。あのとき中へ誰かが入ったのだな」
「そうでしょうか」
 新十郎は微笑して、
「二枚の扉は錠のおろされたまま外れて、棺桶の上へ倒れたのです。そして、そのあとで室内に人の姿が見えたことはありませんでした。しかるに全てが焼け落ちると、焼跡の中央に、そして、たしかに棺桶の位置に、焼死体がありました」
「そうか! すると縁の下に、ちょうど棺桶の位置の下にすでに死体が隠されていたのですね。薪木の中央に!」
「ところが、縁の下で焼けた屍体か、床の上の棺桶の中で焼けた屍体か、火消や刑事が焼跡を見れば忽ち分るのですよ。おまけに縁の下の薪木だけは当日の朝になってつめこみました。前もって入れておくと雨で濡れる怖れがあるからです。そのとき死体がなかったことは火消人足の方々が知っています」
 新十郎はこう云って、ダビ所を指し、
「あの扉の錠はさっきおろしたままですし、あの近辺へ近づいた人の姿もなかった筈です。また縁の下は、カラッポで、見通しです。したがって、土佐八親分が錠をおろしてから後は、誰もあの中に入り得ない筈です。ところがあの室内には現に誰かが居ます。私の出たあとの棺桶の中に。つまり死体があるのです。しかし皆さんはそういうことが信じられますか。土佐八親分、いかがです?」
「そんなことは考えられない」
 と土佐八はムッとした顔で答えた。
「よろしい。では親分に私と一しょに来ていただきましょう。私のでたあとカラッポの筈の棺桶中に、どんな変化があるかどうか、確かめて、皆さんに報告して下さい。大勢で確かめに行くと、また人群れにまぎれてカラクリをしたように思われるから、二人だけで参りましょう」

          ★

 二人は扉を全開し、一同に内部が
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