火消装束の一同が棺を担ぎあげる。木やり音頭をうたいつつダビ所へ運びこんで中央に安置して、そこでまた木やりをやって、シャン/\と手をしめて室内から立ち去る。最後に土佐八が扉をしめ、錠をおろし、一同はヤマ甚や花廼屋らの見ている前へ戻ってきて列をつくって、
「あの日と同じことが終りました」
と、土佐八が報告した。
ヤマ甚はうなずいて、
「すると、あの建物には、たしかにヌケ穴はないな」
「ございません」
「扉に錠をおろしたあとでは誰も出入はできない筈だな」
「できない筈だと思います」
「大工の術ではどうしても人の出入が考えられないと云うのだな」
「そうです」
「ところが結城さんは中から出てみせるそうだぞ」
土佐八は苦笑して、
「旦那、とんでもねえ話だ。結城さんはとっくに出ているのですよ。私らにどうしても腑に落ちないのは、あの中から出た筈の山キの旦那があの中へ再び戻って死んでいたことでさア。旦那は私たちと一しょに出て来たのだから、ダビ所の中はカラッポの筈でさアね」
土佐八の真うしろにいた火消人足の一人が進みでて、火消しの頭巾をぬいだ。
「ヤ。結城さん!」
新十郎はニッコリ笑って、
「ごらんの通り、ヌケ道は空間の通路じゃなくて、火消装束ですよ。これぐらい区別のつかない制服も珍しい。第一、この頭巾は、目の上にもフタがあって、顔についた小さな唯一の窓にすらもフタをとじて、顔も身体もスッポリと包み隠してしまう。この装束にちょッとでも露出の可能性のあるところは、両手の指先と、モモヒキとタビの合せ目に当る足クビだけですよ」
新十郎は意味ありげにヤマ甚の目をじッと見つめたが、
「さて、あの日、山キの主人は棺桶が安置されると、棺桶の中から立上って火消一同が彼をかこんで木やりをうたっているとき、用意の火消装束に着代え、脱いだ法衣だけ棺桶に入れて元通りフタをとじ、火消人足にまじって外へでてしまったのです。ですからコマ五郎はじめ輩下の全員は、棺桶の中はカラだということをチャンと目で見て知っていたのです。おまけに、その建物の扉に錠をおろせば完全に人の出入ができないことも知っていました。コマ五郎親分は扉に錠をおろしたカドによって喜兵衛さんの出口をふさいだと見られて犯人になりましたが、事実はアベコベに入口をふさいだのです。なぜなら中はカラだから出る人はある筈がなく、したがって、中へはいる
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